BLOG

25年と言う時間

今日は業務でないことをひとりごとのようにお話しします。

大学最後の年となった平成6年秋のこと、関西方面に友人たちと旅行に行きました。

私の友人たちはみな授業にも比較的よく出席していましたがアルバイトもがんばっていたりしてみな比較的忙しかったのですがなんとか数日予定をあわせることができ実現しました。

何日行ったのか覚えてないのですが、京都観光をして、開業間もない関空を飛行機に乗るでもないのに見学に行き、最後は神戸に行って三宮駅から異人館へ回るというそれなりに強行軍だった記憶があります。

ただ若い頃でしたので元気にこういう旅行ができたという想い出は残っています。

それから半年もたたない平成7年1月17日阪神淡路大震災が発災します。

「行ってきたばっかりだったのに・・・」という衝撃的な記憶が鮮明に残っています。

今から25年前のことです。

 

平成7年という年は私にとっても大きなターニングポイントになった年です。

1月から3月まで学生、4月から9月まで社会人として最初に働いた不動産業者勤務、そして10月から20年以上務めることになるとは思ってもいなかった師匠のところへ行くことになります。

学生から社会人となって1年目、就職氷河期時代なんて意識はなかったけどなかなか就職活動がうまくいかずやっと決まった会社も半年でやめてしまい、師匠のところに行った際には力不足ばかりを感じて辛い想いが多かったのですが、それでも今度はすぐにはやめられないと歯を食いしばっていたことを覚えています。

それから25年、いろいろなご縁やお力添えをいただきつつ今はなんとかこういうお仕事をしています。

大学生だった一人の人間が中年のおっさんになり自営でお仕事をはじめるに至った時間が25年という時間です。

住宅ローンが35年とか30年とか25年とか返済期間がありますが、こう考えていただくとけっこうな時間ではないでしょうか。

 

25年という時間は一人の人が大人になって成長していくのにかかる時間です。

長い時間ではあるけれど、一方で必死に生きてくるとあっという間に過ぎる時間かもしれません。

私のように被災経験のない者に阪神淡路大震災で大変な経験をされた方のことを理解できるとはとてもおこがましくて言えません。

しかし昨日の報道等の様子を見ていればこの25年を懸命に頑張ってこられた方の様子が、心につたわってくるものがありました。

犠牲となった6,434人の方に祈りをささげつつ、様々な想いを抱えて25年歩んでこられた方々に敬意を払わずにはいられません。

 

この25年の間には東日本大震災など多くの災害が起こりました。

よく使われる言葉ではありますが、災害の教訓を語り継ぎ、生かし、新たな災害に備えることの重要性をあらためて感じさせられるこの25年だと思います。

関連記事

ページ上部へ戻る