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お彼岸と「想い」~その2~

今日は秋分の日、お彼岸の中日にあたりますね。

昨日、NHKのクローズアップ現代+「あなたの遺骨はどこへ ~広がる”ゼロ葬”の衝撃~」を拝見していました。

お墓に入れることのできない遺骨をどうするのか、番組では「さまよう遺骨」という表現を使っていましたね。

ここでは何度もお話ししていますが、親父の遺骨をどう収めるかもまだ手元供養で決まっていない中、悲しいことに私も生涯未婚の可能性が高く(泣)私が死んだ後の遺骨はどうすんのかなあ・・・、ってまあ本人はわからないですけど。

まあただ私も今のままでいった場合、お骨になったあとに甥っ子や姪っ子に迷惑かけるのも嫌ですからね。

「あなたの遺骨」ならぬ「わたしの遺骨」はどこへいくのかとこれだけはちょっと考えてしまうところです。

と、やや脱線気味・・・。

真面目な話にもどると、番組の中で第一生命経済研究所の小谷みどりさんがおっしゃっていましたが、90歳以上で亡くなる方が増えていたり、生涯未婚の増加、熟年離婚の増加など家族の多様化ということがこういう時代背景を生み出しているようですね。

そういえば池波正太郎原作の「剣客商売」テレビドラマ版で確か秋山小兵衛が先妻お貞のお墓詣りにいく場面がありましたが、小兵衛はその後おはると再婚しているわけで、そうなるとお墓ってどうしたのだろうかとふと思ったりもしました。

ちなみにお貞の墓の隣には兄弟弟子の嶋岡礼蔵を葬った確か「剣の誓約」という回があったはずですけど。

例えばこういう秋山小兵衛のような事例は、いわゆるシニア婚とかが増えてくれば今の時代はもっとありえるわけで、こういう事例ではお墓のこともいろいろ考えておく必要がありそうですね。

それにしても番組の中で取り上げられていた「預骨」「迎骨」「送骨」という3つの形を見ても弔いの仕方が本当に多様化してきているとは思う一方で、葬儀やお墓にお金をかけることがだんだん難しくなってきているのだろうなあ、とはつくづく感じます。

それと同時に生き方が多様になり、今までのように「家」のお墓に入れるというケースばかりではない一方で、ではどういうふうに弔うかという「想い」の問題も出てきます。

先日もお彼岸と「想い」というお話しの中で触れましたが、供養というのはやはり「想い」の問題でもあって、どのように葬儀をし、どのように供養するのかなかなか単純に割り切りをするのは難しいところかなと思います。

なんとかお墓に入れたいけど難しいとか、逆にやむを得ずに引き取ったけどどうするのかなんてこともあるでしょう。

やはりお墓も葬儀の金銭的なこともさておき、残された人々の「想い」をどうするのか、「供養」という側面をおいて考えるわけにはいかないでしょうね。

また私もそうですが、どうすればお骨のことで迷惑をかけずにすむのかというところはやはり考えるところでもあります。

家族に迷惑をかけたくない、という「想い」が以前にもお話したように、あまり周りに話をしないようにしたのでは気持ちのずれが生じることになりますからね。

最初にもどってしまいますが、ふと冗談ではなく「わたしの遺骨」がさまよわないするにはどうしたらいいのか、私にもふと身につまされるところがあった昨日のテレビの感想です。

 

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