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お彼岸と「想い」

秋のお彼岸の時期に入りました。

が、今年(2016年)は台風が近づいていたり、秋雨前線のせいで大雨になったりと天候が良くないところが残念です。

お盆時には私も帰省できるのですが、お彼岸時は春も秋もなかなか帰省できないところです。

3月末や9月末という日本では比較的忙しい時期ですからね。

私だけでなく帰省できない方も多いのではないでしょうか。

私が所属している勉強会では11月に「お墓」についてのテーマをとりあげる予定で、私が話し手を務めるのですが、先日このブログでお話ししたような知識だけでなく、いろいろと「お墓」の現場などの見学等もさせていただいています。

そのことはおいおいまたお話ししたいと思いますが、最近はいろいろな形式があって時代の変化をほんとうに感じます。

ちなみに以前お話したのは、

終活のポイントとお墓のはなし

「墓埋法」と「火葬許可証」

「祭祀に関する権利の承継」とは?

生き方の多様化に伴う供養の多様化

終活とお墓に関する考え方とタイミング

親子といわゆる「墓じまい」

と6回に分けてのお話しでした。

興味のある方は併せてお読みいただければ幸いです。

 

さて見学に行ってもなお実家にある親父の骨をどうするかは、なかなか現実的にはならないことが不思議なところです。

まあ田舎においてあるのに東京のお墓をみても実感はわきにくいのかもしれませんね。

そういえばふと思い出しましたが、親父が亡くなって、何の準備もない中、葬儀会社の方と打ち合わせしながら「さてどうするか」と考えるのも大変なことです。

幸い親戚にも支えられ、葬儀会社の方もとても親切な方だったため、非常に助かりました。

そういえばあの時、映画「おくりびと」のイメージがあったせいか納棺師の方に来ていただく提案をいただいた時、あまり葬儀のことに積極的に発言しない母親がそれを希望したことが印象的でした。

実際に親父の髪を洗ってもらったりなどの姿を見て母や叔母が「いい」と言っていたことをよく覚えています。

最近は葬儀も墓も「心情」という言葉とは切っても切れないんだなあ・・・、とあらためて思っています。

確かに簡素に質素にするのもひとつですし、故人の遺志も重要です。

ただもうひとつ残された側の想いをどう考えていくか、ということも葬儀やお墓には必要なのかもしれません。

我が家の場合で恐縮ですが、何といっても親父は「家族葬にしろ」といっていたのですが、結局は親族のみなさんに来ていただけたために家族葬ではすまなくなりました。

私から見れば困った親父でもありましたが、こうやってきてくださる人たちがいるのかと思うとありがたいことだと今でも感謝しています。

そういや喪主のあいさつっていうのもやりました。

一応これでも喪主だったもんで。

セミナーの経験があってよかった、と思ったのはこのときでしたね。

昔の自分だったら震えて話せなかったでしょうから・・・。

お墓や葬儀でみなさんがいろいろ考えるのはやはりそこに「人々の想い」が入るからで、単にお墓のことや葬儀のことと考えるだけでなく、できれば残される人々の想いも組んであげた終活を考えていただきたいところです。

そのためにも以前お話ししましたが親子で終活を考えることも一つの方法かなとは思いますよ。

 

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